大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ラ)575号 決定 1979年6月28日

再抗告人

株式会社山崎鉄工所

右代表者

木内三郎

右代理人

矢代操

相手方

永瀬一郎

永瀬弘一

主文

本件再抗告を棄却する。

理由

本件再抗告の趣旨は「原決定を取消し更に相当の裁判を求める。」というのであり、その理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

再抗告理由第一、第二点について。

所論は要するに、裁判所は代替執行の授権決定に当つて、債権者の右決定を求める申立が信義則に違反するか否か、または、権利の乱用にあたるか否かを審理すべきものであることを前提として、原決定の違法をいうものである。

そこで検討するに、建物の収去を命ずる決定は、他人が替つてすることができる作為を目的とする債務の内容を、第一審受訴裁判所が債権者の申立により、民法四一四条二項、民訴法七三三条により債務者の費用をもつて第三者になさせるためのいわゆる授権命令に外ならないものであるから、第一審受訴裁判所(調停調書が債務名義の場合は調停裁判所)が収去命令の申立について審理しなければならない事項も、一般の強制執行開始の要件の外には、債務名義に表示された債務が前記法条の規定するようなものであるかどうかに限られるものと解せられ、右債権者の申立が信義則に違反するか否か、または、権利の乱用となるか否かなどについて審理することは許されない。それゆえ、建物の収去を命ずる決定に対しては、その申立について審理すべき事項に判断の誤りがあるかあるいは発付後に変動が生じたこと並びに決定発付手続に手続上の違法があつたことを理由とする場合に限り抗告を申立てることができるのであつて、前述のような審理の対象とならない事項を理由として抗告を申立てることは許されないのである。

記録によれば、再抗告人が本件建物収去命令に対する抗告の理由として主張するところは、相手方らによる右収去命令の申立が信義則に違反し、かつ、権利の乱用に該当するというものであつて、これらの事項が第一審受訴裁判所の建物収去命令の申立について審理すべき事項に該当せず、従つて、これらを抗告の理由とすることができないことは前説示のとおりであるから、右再抗告人の抗告理由としての主張内容は本件抗告の理由とすることは許されないとして本件を棄却(原決定三枚目―記録二二丁―表七行目に「却下」とあるのは「棄却」の誤記と認める)した原決定にはなんら取消すべき違法は存しない。所論は独自の見解に基づき原決定を非難するものであり、採用することができない。

同第三、第四点について。

所論は、代替的作為義務の代替執行に関する民訴法七三三条、七三五条の各規定は、債権者の執行訴権の乱用となることが明らかな場合にも裁判所に代替執行の授権決定をさせるものであり、また、債務者に同法五四五条の請求異議訴訟の提起を強制するものでもあるから、憲法一二条、一三条、二九条に各違反するというのである。

しかし、第一審受訴裁判所が代替執行の授権決定の申立について、これが信義則の違反あるいは権利の乱用にあたるか否かなどを審理することが許されないのは、これが債務名義に基づく強制執行の方法としてなされることに由来するものであり、その結果信義則違反または権利の乱用を主張する債務者は請求異議の訴によるほか不服申立の途が存しないこととなつたとしても、だからといつてこれらの規定が憲法に違反して債権者の権利乱用を是認し、債務者の権利を害するものであるということができないことは明らかである。従つて論旨はいずれも理由がない。

よつて、原決定は相当であり、本件再抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(吉岡進 吉江清景 手代木進)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例